お金の話 投資 経験談

お金の話その2

免責がおりてからの生活

前回のお金の話で、破産宣告をして免責を認めて貰えたところまで書いたかと思います。
借金の整理がついた後、東京に行くことになりました。
私は2度結婚しているのですが、はじめの旦那さんと、結婚前提に一緒に暮らす事になったのです。

両親もびっくりはしていましたが、応援してくれて、東京での生活が始まりました。

東京に引っ越して最初の1ヶ月はあちこち見てまわりたかったので、仕事はせずに、電車や地下鉄を乗り継いで様々なところに出没。

地方にいた私にとって物欲を刺激する街ですが、痛い目を見ているので我慢我慢。

仕事を探す時も制服がある仕事ならなんでも良いなぁと、歯科助手を選びました。

そこで4歳も年下なのに経済観念がシッカリしていて、お金の貯め方をレクチャーしてくれるようなお友達が出来て、毎月の収支を見て「これが、無駄かも?」なんてアドバイスしてくれるコでした。

そのコのお陰で少ないお給料から毎月必ず40,000円は貯金するようになり、少しずつお金がたまるように。

意識が変わって変にストイックになっていく私…

家に帰って1人の時は、照明は付けずにテレビの灯りでご飯を食べたり、毛布を被って暖房をつけなかったりと、かなりケチケチに過ごしていました。

そんな生活でもお金が足りなくなると単発でバイトしたりして、とにかくマイナスになる月はありませんでした。

クレジットカードともさよならしていたので、借金もなく、少しずつではありますが順調にお金が貯まっていく生活。

食生活も婚約者と食べる時はお金を使うけど、1人の時は豆腐と納豆とか、ランチもご飯だけ持参しておかず屋さんで100円のオカズを買うのみ。

田舎の車生活からどこまでも歩く生活へ変化し、質素な食事に変わった事で体重は最終的に38キロまでに(身長162センチ)

実家に帰った時に両親が驚いていました。

ただ、婦人科にお世話になった時に痩せすぎで、子宮が痩せ細り年相応ではない様子になっているから、もう少し体重を増やすようにと注意されてしまってました。

そんな中結婚をし、1年もしないうちに大変な事が起きて夫と死別。
(この大変な事は追々また書きます)
29歳で未亡人になってしまいました。

実家の近くに中古のマンションを購入して住み、自営業を始めました。

夜昼問わず働く事は出来る体力を持ち合わせていたので、無駄遣いもしない生活の中で、それほど窮屈な思いもせずに、お金とも上手く付き合っていたと思います。

その後、息子と娘の父親になる人と結婚しました。

その中で、様々なすれ違いがあり、事あるごとに専業主婦だからというパワハラを受け、1人で慣れない子育て。

怒りと悔しさが分岐点に

ある日の喧嘩で「だったら、オマエ40万円とか持ってきてみろ!」

この言葉だけ覚えています。
何の流れでそんな事言われたのか忘れましたが…

「私のやってる子育てや家事は?私に価値はないの?」

その後言われた言葉も忘れてしまいましたが、この頃彼の会社が上手くいってなくて、大変だったんだと思います。

そしてそのイライラの矛先は私へ…

その頃私の後頭部は500円ハゲが3個連なるような感じにズロっと禿げ上がってました 笑

でもあの40万円のセリフが私を変えました。(なんで40万円だったのかも今となってはわすれてしまいました)

見てろよ〜💢

1人でも生きて行けるようになってやる!

天然石のアクセサリーを制作して販売|ウエブショップを経営、株式会社を設立

その頃パワーストーンブレスレットが流行っていました。
天然石のビーズをたくさんもらったので、パーツや石を自分の好みに繋ぎ合わせてブレスレットを作ってお友達にプレゼントしていたのを、夫が見て「売ってみたら?○○とかで。簡単みたいだぞ。」

深く物事を考えない私。

「やってみる。」

すぐにWEBで販売出来る様に出店届けを提出して、様々な手続きをして開業。

出店当初はコピーアンドペーストさえ知らなかった私。
猛勉強したし、ほぼ寝ないで仕事していたと思います。

子供達はまだ小さくて、嗚呼しんどいなぁなんて日もありましたが、廃めたいとは思いませんでした。

とにかく自立したかったので。
それから、その時はまだ自宅で仕事をしていたので、忙しいとはいえ、融通が効きます。

直ぐに軌道に乗ったわけではありませんが、それでも少しずつ手元にお金が残るようになってきました。

そのうちヒョンな流れで育児サークルで知り合ったお友達にパートさんとして来てもらう事になり、今に至ります。

2016年に仕事が軌道に乗り株式会社を設立しました。

その時に夫に大変な事が起きて、離婚する事に。
この離婚は望んでいましたが、私から切り出したものではありませんでした。
(詳細はまた後日)

決して大きな会社ではありませんが、自立は出来る様になった私。

それでも、売り上げをしっかりと上げるには様々な手を尽くさなけれならないし、それが全て売り上げにつながるわけでもなくて、心身ともに少し疲弊していたんだと思うのですが、ある日以前読んだロバートキヨサキ氏著書の金持ち父さん貧乏父さんの内容を思い出しました。

(内容をここで書いてしまうととても長くなってしまうので、有名な本なので割愛します。)

その時多分、四六時中売れるものを考えて、写真撮影して、画像を処理して商品アップしてというのに疲れていたんだと思います。

商売人は繁盛して忙しくての時は疲れないんです。

暇で物が売れない時に病みそうになるんですよね。

物をうってお金を得る事への自分のセンスに限界を感じて、いつまでたってもラットレースだなぁなんて。

投資家って私みたいのでもなれるのかな?

投資を始めたことで仕事への意欲がもどった

その当時、投資らしいものとしては、ドル立ての生命保険(毎月約55000円積み立て)くらいで、証券口座も開設していませんでした。
そこで、まず一体何に投資をすれば良いのかが分からなくて、そんな時に出会ったのがウェルスナビでした。
お金を入れて、5段階コースの中から自分に合った投資方法を選べばロボアドバイザーが勝手に運用してくれるというので、まずはコレから初めてみようと、早速開設。

初めは10万円、40万円足して更に50万円足して合計100万円。
そんな感じで銀行に入れていたお金をウェルスナビに移していきました。
いつしか、ポートフォリオの現金はかなり減っていき、運用益が8%辺りまで。
グラフを見てワクワクする毎日でした。

そんな時にコロナショックです。
どんどんマイナスになってゆく自分の資産。…なんですけど、何故か慌てなかったんです。


慌てても仕方がないし、逆に安くなってるんだから買い向かおうかな?なんて。

でも珍しくこの判断が今回は功を奏して、その時にお金を増やす事が出来ました。

割と直ぐに運用益8%に戻りました。

今ではもうウェルスナビさんから全額引き出して、自分で運用しています。
手数料が年間1%なので、自分で開設した証券口座でウェルスナビさんと同じポートフォリオで運営したら、もっと安い手数料で資産形成に資金を回せると思ったからです。

とはいえ、ウエルネスナビさんに感謝していますし慣れない時は絶対オススメです。

何をどの位買ったら良いのかとか、いつ買えば良いのかが分からない投資初心者さんは、開設してみると良いかもです。

種銭を作ることがキモ!

それから振り返って思った事はまとまった種銭を作る事で効率よく資産が増えるという事。
私の場合の種銭は貯金もありましたが、毎月55000円ずつ支払っていたドル立ての生命保険です。

一つは払い済みだったため、それを引き出してウェルスナビに入れました。

様々な,投資チャンネルで貯蓄と保険は混ぜるな危険だという事で、そこに入っていたお金も全て自分で投資する事に。

とは言え、今の様にコロナが蔓延したり、戦争が勃発したり世界情勢は変わってゆくので、私の様に鈍感なタイプは狼狽売りとかにはならないけれど、ドキドキしたり、眠れなくなってしまったりする人もいると聞きますので、リスク許容度は人によって千差万別かと思います。

自分に合った投資方法を見つけるためにも、初めは少額から試してみるとよいかと思います。

投資を始めたことで仕事に対して更に意欲を持てるようになりました

最近は働く事に対して病まなくなりました。
一つは投資の為の種銭を稼ぐため。
二つめはやっぱり商売が面白いので挑戦し続けたいと思ったから。
そして1番はこんな私と働きたいと思ってくれる人達のためです。

私の会社のパートさんたちはみんな育児サークルで知り合ったコ達です。
息子が10ヶ月の時に出会ってます。
息子が20歳になってるという事はほぼ20年のお付き合い。

週4回も会って一緒に仕事をして家族も同然です。
みんなと会う場所を確保するためにも、頑張って働く。

働いて、それが上手くいけばお金も手に入れられる。
お友達とも楽しく過ごせる。
こんな幸せな事はないので、腐らず頑張っています。

すごい駆け足でざっくりとした説明になってしまいました。

最後まで読んでくださって有難うございました。

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